第6回「仙台短編文学賞」受賞者決定のお知らせ(2023年3月4日)
この度は第6回仙台短編文学賞にご応募いただきありがとうございました。
全応募作品218編の中から、最終候補として、「兄のアルバム」飯沢耕太郎、「海の記憶」伊藤 紡、「世界が終わる日」大久保 蓮、「ホダニエレーガ」片岡 力、「やまがらご」黒澤遼太郎、「あらゆる透明な」髙村峰生、「蝦夷の大仏」多田宜文、「竹」二之部右京、「潮汁」水谷秋夫、「海容」村上泰亮、「ノクターン11」星まひと、「光暈」山本郁人(著者50音順、敬称略)を選び、選考の結果、下記の通り、大賞ならびに各賞を決定いたしました。
大賞と河北新報社賞は、3月19日(日)の河北新報第2朝刊に、仙台市長賞と東北学院大学賞は、『震災学』(3月30日発売)に、大賞とプレスアート賞は、『Kappo 仙台闊歩 vol.123』(4月5日発売号)に掲載されます。
大賞
「あらゆる透明な」 髙村峰生(44歳・兵庫県在住)
<略歴>
1978年、東京都生まれ。東京大学文学部、同大学院人文社会系研究科を経て、2011年にイリノイ大学で比較文学の博士号を取得。現在、関西学院大学国際学部教授。専門は英米文学、比較文学。著書に『触れることのモダニティ―ロレンス、スティーグリッツ、ベンヤミン、メルロ・ポンティ』(以文社、2017年)、『接続された身体のメランコリー―〈フェイク〉と〈喪失〉の二一世紀英米文化』(青土社、2021年)がある。
<選考理由> 選考委員・和合亮一
文学行為の本質の一つは見えないものを見ようとするところにある。可視と不可視の境目を凝視しようとする果敢なるまなざしに見つめ返されたかのような作品だった。初めは夢の記述のようなイメージがあったが、深く誘われ、時折に目が潤まされるかのような言葉に出来ない思いを抱かされた。混沌とした何かの中に深い奥行きと確かな道筋を描くことの出来る、作者のこれまでの文学体験に裏打ちされた筆の強さによるものだと実感した。
<受賞の言葉>
楽器から出る音には基音と(複数の)倍音があるということを、クラシック・ギターの教室で初めて教えてもらったとき、それまで隠れていた世界の層が急に現れ、細かく揺れた気がした。硬く透明な音を軽快な指先で紡ぎながら、「ハーモニクスは倍音を取り出す技法なんだよ」と説明してくれた先生の声を(残響を)私はまだ聞いている。
倍音を聴き取ってくださった選考・実行委員の方々に感謝を申し上げます。遠くまで響きますように。
仙台市長賞
「世界が終わる日」 大久保蓮(23歳・福島県在住)
<略歴>
1999年、福島県生まれ。福島学院大学福祉学部4年
<選考理由> 仙台市長 郡 和子
ある日「神の子」が世界を終わらせることに決めると、「僕」が住む福島の街は一変、絶望と暴力と狂気に満ちあふれる。日常と非日常、現実と幻想が交錯するなかで、終わりゆく数時間を生きる「僕」と「彼女」が描かれる。結末で世界はいったん断ち切られたかに見えるが、「また新しい世界が始まるかもしれない」「次の子どもたちが生きる新しい世界に向かって何かを残す」という「僕」の言葉に、希望はこめられている。この不可思議な作品は、混迷する現在を生きる私たちの日常につながっている。作者は昨年の東北学院大学賞に続き2年連続の受賞となる。若き書き手の今後のさらなる活躍に期待したい。
<受賞の言葉>
昨年に引き続き、大変名誉な賞をいただき光栄に思います。東日本大震災から 13 年目を迎えた今日、世界各地で心の痛む出来事が続きます。あの日を思い出すとともに、当たり前に続くと思える日々は常に脅かされているのだ、と恐怖せざるを得ません。物語を紡ぎながら、私自身がそのような恐怖とどう向き合っていくべきか、模索しました。この作品を受け止めていただいた実行委員会ならびに関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。
河北新報社賞
「ホダニエレーガ」 片岡 力(61歳・東京都在住)
<略歴>
1961年、宮城県塩竈市生まれ。仙台一高、宮城教育大学卒業。フリーのエディター兼ライター。特撮から哲学までサブカル・人文書を手掛ける。『「仮面ライダー響鬼」の事情 ~ドキュメント・〈ヒーロー〉はどう設定されたのか~』など著書多数。
<選考理由> 河北新報社取締役 今野俊宏
一読して「面白い」とうなった。明快でよどみがない。社内の選考会で全員が圧倒的な1位に推した。こんなに意見が一致するのは初めてだ。リアリズムの世界が新聞記者の感性に合うのか。南インドを旅する導入部からは想像しがたいが、東日本大震災を遠景にしつつ、昭和の風景と震災直後が交錯する。迫真のシーンに泣き笑いが去来する。良き時代の日本映画を想起させる。この作品を読んだ皆さんもきっと、鮮やかな映像と「ホダニエレーガ」という音がリフレインすることだろう。
<受賞の言葉>
宮城を離れ東京で暮らす私にとって、宮城出身というだけで、さも自分が被災者かのようにしたり顔で大震災を語ることはできませんでした。それでも何か自分に語れることがあるとするなら、それは「震災の前、僕らはこんなふうに生きていたんだよ」ということ以外にない。それに気づかせてくれたのが仙台短編文学賞でした。この賞があったからこそ、この作品が書けたのだと思います。賞を創設・運営してくださった方々に感謝します。
プレスアート賞
「兄のアルバム」 飯沢耕太郎(68歳・東京都在住)
<略歴>
1954年、宮城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。写真評論家・詩人。『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書/1996年、サントリー学芸賞受賞)ほか著者多数。
<選考理由>プレスアート Kappo前編集長 梅津文代
東京から仙台へ、墓参りのために帰省した「ぼく」。兄は3年前に、父母もとうに亡くなっており、実家には兄嫁だけが暮らしている。平穏な日常の中に、小さな謎を点々と配置する構成が巧みで、完成度の高い作品。観察の行き届いた細やかな自然描写もリアリティがあり、効果的。クライマックスでは生と死が遠い過去と結び付き、郷愁をそそるイメージに回帰する。切なさと温かさが混ざり合う結末が、不思議な安堵感をもたらしている。
<受賞の言葉>
このところ、身近な人の死を経験することが重なり、死者の記憶をどんなふうに受け継ぐのかというのが、わたしにとっての大きなテーマになっていました。本作、そしてほぼ同時期に執筆・刊行した詩集『完璧な小さな恋人』(ふげん社)で、多少なりともその答えを見出すことができたのはとてもよかったです。受賞をきっかけに、いま芽生えつつある小説や詩の構想を、少しずつ形にしていきたいと考えています。ありがとうございました。
※以下、学生対象
東北学院大学賞
「竹」 二之部右京(にのべけい)(20歳・秋田県在住)
<略歴>
2002年、滋賀県生まれ。秋田大学理工学部3年
<選考理由> 東北学院大学長 大西晴樹
秋田で銀線細工専門店を営む戸羽助六が、水仙のブローチを誂えてほしいと依頼を受けた。依頼主は、初恋の女、三浦舞であった。戸羽と三浦の中学校二年生の出来事を通して、助六の内的葛藤や三浦の妖しげな艶やかさ、二人の空気感が精緻に表現されており、秀逸である。また、特徴のある言葉選びにもそのセンスが感じられ、他の作品も読んでみたいと思わせる魅力がある。
<受賞の言葉>
名誉な賞を頂き光栄に思います。当文学賞を創設する契機となったのは東日本大震災とのことでした。当時小学生であった私は滋賀県に在住していました。しかしながらその時に見た悲惨な映像の数々は今でも目に焼き付いています。一方で大学への進学を理由に秋田県へ移住し、その土地由来の魅力に触れ合うことができました。失ったものは多いと思いますが、現存する伝統、新興の魅力に作品を通じて関心を抱いていただけたら幸いです。
※年齢はすべて2023年3月4日時点のものです。