第5回「仙台短編文学賞」受賞者決定のお知らせ(2022年3月5日)
この度は第5回仙台短編文学賞にご応募いただきありがとうございました。
全応募作品264編の中から、最終候補として「山奥の犬駅長」(秋保山人)、「土の記憶」(伊藤 紡)、「西山の橋もと」(江坂雅紀)、「道の奥には」(大谷 努)、「日和大橋」(小田島比呂)、「帰還する光たち」(洸村静樹)、
「イッツ・タイム・トゥ・ゴウ」(島田炉歩)、「冷たくてきれい」(白岩五月)、「金魚の帯」(なつせさちこ)、「十二時三分、三秒」(奈々)、「よしつね様」(猫田ノリオ)、「あなたは」(春名美咲)、「ラブオールプレイ」(星 堕位置)(著者50音順、敬称略)を選び、選考の結果、下記の通り、大賞ならびに各賞を決定いたしました。
大賞と河北新報社賞は、3月20日(日)の河北新報第2朝刊に、仙台市長賞と東北学院大学賞は、『震災学』(3月28日発売)に、大賞とプレスアート賞は、『Kappo 仙台闊歩 vol.117』(4月5日発売号)に掲載されます。
大賞 「道の奥には」
大谷 努(58歳・宮城県亘理町在住)
<略歴>
1963年、宮城県仙台市生まれ。幼少期に転居し、横浜で育つ。桜美林大学卒業後、宮城県立高等学校教諭(国語)に採用され、以後教職に従事する。
<選考理由> 選考委員・玄侑宗久
震災の津波で妻を失ったトラック運転手の物語。実在する地名や伝説を無駄なく挿入し、抑制された文章にまとめた。実によく練られており、たくらみの大きさを感じた。語り口には生々しさがなく、絵でいえばパウル・クレー作品のようなタッチ。あるいは版画を彫り込んでいくみたいに書き進んだようにも見える。熟成された悲しみは書くことでさらに熟成され、説得力のある見事な異界を作り上げた。
<受賞の言葉>
震災を書くつもりはありませんでした。甚大な被害のあった沿岸部ではなく、山間の限界集落の話を書こうと思っていたのです。そこへと続く小径をのんびりと逍遥しながら、落ち葉や木の実のような素材を拾い集めて物語を紡ぎたいと……。なのに「言葉」という杖をたよりに、その山道に踏み入ると、意外にも時空や虚実を超えて、あの日の海の景色が現れました。とりとめのない話を丁寧に読んで下さった関係者の皆様に感謝申し上げます。
仙台市長賞 「金魚の帯」
なつせさちこ(45歳・東京都在住)
<略歴>
1976年、山梨県甲府市生まれ。宇都宮大学国際学部卒業。地方紙編集局勤務を経て、英国留学。リーズ大学応用翻訳学修士課程修了。翻訳会社などに勤務後、フリーランス翻訳者。
<選考理由> 仙台市長 郡 和子
二児の母である主人公の「私」が、幼少期に姉と共に仙台にあった母の実家を訪ねたことを回想する物語。仙台の街の風景や、七夕・盆踊りなど夏の風物詩、祖父母の家の間取りや杏の樹のある庭の風景が丁寧に描写されており、読者の眼前に鮮やかに浮かぶ。姉とお揃いの兵児帯=「金魚の帯」は、幼少期の幸せな記憶の象徴であるとともに、成長してそれぞれの人生を歩むなかで、関係が変わってしまった姉妹をつなぐものでもある。姉との心のすれ違いを悔やむ主人公が、「金魚の帯」に自らの願いを託す結末部は、静かな余韻に満ちている。
<受賞の言葉>
幼い頃、母の故郷の仙台で夏を過ごしました。大人になった今でも何かの折にその幸せな思い出と大好きだった祖母のことが頭に浮かびます。もうこの目で同じ景色を見ることも祖母に会うこともできないけれど、思い起こせばいつでも、大切な人たちに囲まれて仙台の夏を楽しんだあの頃に戻れる。そんな思いから生まれたお話に素晴らしい賞を頂き、大変嬉しく思います。実行委員会ならびに関係者の皆さまに心より感謝いたします。
河北新報社賞 「あなたは」
春名 美咲(26歳・東京都在住)
<略歴>
1995年、兵庫県神戸市生まれ。仙台育英高等学校、法政大学社会学部卒業。IT会社勤務。
<選考理由> 河北新報社取締役編集局長 今野俊宏
東日本大震災を擬人化した「あなた」に呼び掛ける文体が歯切れの良いリズムを生み出している。被災体験の重さは人それぞれで計数化できない。思春期に震災に遭遇した主人公の「あの時」と「それから」の心の揺れをつづった。他者との比較で感じる後ろめたさがありつつ、震災を抜きにして今の自分は存在しないと自認する。小説としての熟度や最後の一文が必要なのかなど議論はあるだろうが、大震災を書き残そうという若い世代の強い思いを応援したい。
<受賞の言葉>
時が経っても場所を変えても言語化できなかったものが、「あなたは」と問い掛けた途端に溢れ出し、零さないように一文字一文字積み上げました。評価されるかは分からずとも、褪せていく記憶に対し、ささやかな抵抗ができたことを誇らしく思いながら仕上げ、思いがけず受賞の報を聞いた夜は、自宅で踊り明かしました。多くの人に読んでいただける機会に恵まれたことを感謝いたします。飛び立った「あなたは」はもう私のものではありません。願わくば、皆さんの「あなたは」をお待ちしております。
プレスアート賞 「帰還する光たち」
洸村 静樹(45歳・埼玉県在住)
<略歴>
1976年、北海道札幌市生まれ。東北大学文学部卒業(東洋・日本美術史)。会社員。2021年、太宰治賞最終候補(『三月の子供たち』)
<選考理由> プレスアート Kappo前編集長 梅津文代
江戸時代の仙台から古代の海辺、16世紀のポルトガル…と時空を超えて綴られる「光」。敵から逃れ、少年と二人で北上する「帰還」。2つのパートが交互に語られ、やがて一点に収斂していく。細部の曖昧さや構成のわかりづらさはあるものの、震災によって失われたものと人々を支えてきたものを長い射程の中に表現した。難易度の高いジャンルに挑戦した気概を感じるとともに、文学賞の幅を広げてくれた意欲作である。次回作にも期待したい。
<受賞の言葉>
私は学生時代を仙台で過ごしました。震災当日、私は東京の職場からTVに映る津波を呆然と見つめていました。海に呑まれてゆくその場所に、私はかつて立っていたのです。2011年の夏に荒浜を訪れました。あの時見た、カメラを向けることができなかった光景と心に穿たれた空白が、十年かけて小説という形で結晶したのが本作です。本作が、震災という巨大な出来事を部分的にでも言語化し、忘却に抗うことを期待します。この度はありがとうございました。
※以下、学生対象
東北学院大学賞 「夜を失う」
大久保蓮(22歳・福島県在住)
<略歴>
1999年、福島県生まれ。福島学院大学福祉学部3年
<選考理由> 東北学院大学長 大西晴樹
大学進学を機に東京に出た若者が、福島に帰省、小学校の同級生に再会する物語。若者たちが震災から10年を過ぎた今でも心に深い傷を負いながら生活し続ける様を緻密な文章で描いていて印象的である。震災がもたらしたセンシティブな背景があるが、若い作者がその意味をあらためて考え、問いや気持ちを言語化した覚悟を評価したい。今回の最終候補には過年度の「東北学院大学賞」の受賞者も残っており、構成や文体が格段に成長している様子が窺えた。若者の成長を期待する本賞としては非常に嬉しい限りである。
<受賞の言葉>
この度は名誉な賞を頂き、大変光栄に思います。私は11歳で東日本大震災を経験し、その残響のようなものと共に成長してきました。地震や原発事故という事態の深刻さをうまく理解できないまま、その影響が溶け込んだ日常生活を過ごしたことが思い返されます。そんな体験を振り返った、とても個人的な物語を書きました。語りの一つとして残して頂けることを、大変恐縮ながらも嬉しく思います。実行委員会ならびに関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。
※年齢はすべて2022年3月5日時点のものです。