第1回「仙台短編文学賞」受賞者決定のお知らせ(2018年3月10日)
この度は第1回仙台短編文学賞にご応募いただきありがとうございました。
全応募作品576編の中から、最終候補作として「あわいの花火」安堂 玲、「こころに」上田ゆう子、「奥州ゆきを抄」岸ノ里玉夫、「休日」篭田雪江、「藤田の絵」キュウ シト、「ホーム」佐々木順子、「リュンコイス」佐々木幸光、「ホテルまで」鈴木篤夫、「遺産」鈴木敏男、「明日に向かって走れ!」ズンダ・バットゥータ、「終着駅」新里健一郎、「春のペダル」柊りおん、「腕時計」平間正弘、「泡」秀園 明、「最高の思い出」三浦奈々依、「ごく限られた場所に降った雪」村上サカナ、「息子の土俵」山田恵子、「北六番丁犬山瞑想道場」やまやしげる(著者50音順、敬称略)を選び、選考の結果、大賞ならびに各賞を決定いたしました。
大賞は、3月15日(木)の河北新報朝刊、4月5日発売『Kappo 仙台闊歩』5月号、『小説すばる』4月17日発売号に掲載予定です。同じタイミングで河北新報社賞、プレスアート賞も各媒体に掲載されます。東北学院大学賞は『震災学』に掲載されます。
大賞 『奥州ゆきを抄』
岸ノ里玉夫(58歳・大阪府在住)
<略歴>
1959年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒。大阪府立高校教諭
筆名・三咲光郎名義で著作多数。1993年「大正暮色」で堺自由都市文学賞、1998年「大正四年の狙撃手」でオール讀物新人賞、2001年『群蝶の空』で松本清張賞をそれぞれ受賞。著書に、『銀河のひややかな瞬き』『忘れ貝』『砲台島』『死の犬』『蒼きテロルの翼』、「特務機関ラバーズ」シリースなど。最新刊に『上野の仔』(徳間文庫)がある。
<選評> 佐伯一麦(作家)
一人語りの妙と、鎮魂のための芸能という着眼が活かされた作品であり、長い歴史の中で災厄をとらえている点がよかった。関西に住む語り手の「私」は、戦前に途絶えたとされていた奥浄瑠璃の後継者・桑島市龍が、阪神淡路大震災後に尼崎の近松門左衛門ゆかりの古刹に現れて「奥州ゆきを抄」のさわりを語ったという話を聞き、その復活を企てる。それは、江戸期の寛政大地震後に成ったとみられる作品で、昭和の三陸地震に遭った市龍が、百四十年前の同郷人の悲哀を、流浪の我が身に引き寄せて語るものだという。奥浄瑠璃は、仙台浄瑠璃ともいわれ、仙台を中心に宮城・岩手県地方に行われた語り物であり、ちなみに芭蕉も「おくの細道」の塩竈でその語りを聞いていたことも思い出されて、興が深まった。読後、多くの厄災に生きた古人の心につながる感情を抱いた。
<受賞の言葉>
受賞の連絡をいただいて、単純に喜んでいましたが、責任の重さを感じて緊張してきました。第一回の受賞作です。それに仙台短編文学賞であって、「震災」文学賞ではないが、それでも震災の記憶はいまだに心に刻まれ、そこから起ち上がる人々の思いが賞の背景にある。受賞した拙作は一定の責任を負っていると気づき、緊張が増しています。私は関西の人間です。阪神淡路大震災の体験が心に深く沈んで、言葉として浮かびあがり、仙台と結びつきました。お読みいただける方と繋がれたらありがたいと思っています。
河北新報社賞 『あわいの花火』
安堂 玲(47歳・仙台市在住)
<略歴>
1970年仙台市生まれ。仙台電子専門学校卒業
システムエンジニアを経て、現在介護休職中
<選評> 鈴木素雄(河北新報社常務)
小説の舞台は8月20日、仙台市の広瀬川で開かれる灯籠流しと花火大会。震災で家族全員を失った少年と彼を引き取って養育している伯父にとっては、「夏の風物詩」という以上の意味を持つ。川岸であの日を回想し、生き残った者の葛藤や支援という名の偽善について対話を重ねる二人。12歳の少年は早熟だが、この間の辛酸が成長を促したようにも読める。情緒纏綿になりがちな鎮魂という重いテーマを、洒脱な会話が救っている。
<受賞の言葉>
このたびは身に余る賞を授けていただき、本当にありがとうございます。受賞はまったく考えておりませんでしたので、喜び以上に、驚きと恐怖で混乱しています。力不足の小説ですが、その中から良いところを掬い取り評価して下さった選考委員の皆様に心よりお礼申し上げます。また仙台に短編文学賞が創設されたことは、仙台市民としても一介の本好きとしても嬉しく、誇りに思います。実行委員会および関係者の方々に感謝いたします。
プレスアート賞 『ごく限られた場所に降った雪』
村上サカナ(50歳・七ヶ浜町在住)
<略歴>
1967年陸前高田市生まれ。宮城学院女子短期大学教養科文学コース卒業。
派遣パート。夫と娘二人、犬二頭と暮らす
<選評> 川元茂(プレスアート取締役)
震災の翌日、父母の安否確認で故郷を訪ねる兄妹。海沿いの小さな町で水道工務店を営む父。それを支えるお節介で話し好きな母。そして「父のスーパーカブをぶっ壊す」という野望を抱く妹・由貴。登場する家族が魅力的で、それを支える会話も比喩も秀逸。生き生きとした回想シーンに引き込まれ、思わず笑ってしまうが、それぞれのエピソードが瑞々しく表現されているが故に、その先に暗示された悲劇が際立つ。
<受賞の言葉>
言いたくて言えなかったコトバは、どこへ消えてゆくのでしょう。「ありがとう」の最上級のコトバ、あの日から、ずっと探していたのかもしれません。大人のためのプレミアムマガジン「Kappo 仙台闊歩」で、仙台短編文学賞の応募要項を見た瞬間、ふいに心の底から溢れてくるコトバたちに、ひどく戸惑いました。伝えることができなかったコトバは、消えてしまったのではなく、心のなかで大きく膨らんでいたようです。もう住所のないところへ、長い手紙を書くように、この作品を書きました。読んでいただいた選考委員の先生がた、このような素晴らしい賞を授けてくださったプレスアート様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
(全応募作の中から、中学生・高校生・専門学校生・大学生・大学院生を対象に選考)
東北学院大学賞 『賽と落葉』
芽応マチ(19歳・仙台市在住)
<略歴>
仙台市出身、仙台市在住。宮城教育大学在学中
<選評> 松本宣郎(東北学院大学学長)
奇妙な構成の作品。まず「おれ」が登場する。地震後の仙台に何となく暮らしている。突如「幸太」という青年の童話風のストーリーに切り替わり、二つが交互に展開してゆく。幸太の方もどことなく虚無的である。幸太の世界では火山噴火が起こる。宮沢賢治の世界も連想させる。さて無関係の二つのストーリーを辛うじて関連づけるのが「賽」であって、人が必ず持っている賽が振られて、人の生きる方向が決められる、という言葉が両方でくりかえされる。つかみがたいが独特の世界を示している。
<受賞の言葉>
物語は何のためにあるのでしょうか。人の心を揺り動かすためか。誰かの意図を後世まで伝えるためか。あるいは...現実での出来事を抽象化し、それを風化させないためか。仮にそうだとして、そのようなことを起こせない物語は無為なものなのでしょうか...。物語は、必ずしもエンターテインメントでなくて良いものです。物語が何も背負わないことで、読者が何一つ背負わずに済むということもあるのですから。そんなことを頭の片隅に、徒然と文に向き合うのも楽しいものです。
東北学院大学賞(奨励賞)
『河童の涙』 藤澤佳子(16歳・岩手県在住)
<略歴>
盛岡市在住。高校一年生
<選評> 松本宣郎(東北学院大学学長)
故郷の遠野を出て東京の会社員となっていた主人公が一人暮らしの遠野の祖母のもとへ一時帰郷する。都会にやや疲れた主人公と、遠野弁の、愛すべき祖母との対話と主人公の記憶が淡々と落ち着いた筆致で描かれる。少年時に遭遇した河童は、彼のいやされる世界の核の象徴であろう。『遠野物語』からの発想とは言え、ほのぼのとしたみちのくの味を、高校生としてよくぞ描けたと思う。
<受賞の言葉>
まさか、自分が仙台短編文学賞で賞を頂けるとは思ってもいませんでした。第一回ということで、手探りの状態から書き始めましたが、自分が思う東北の姿や震災の後に残るのではないかという人の思いを小説にのせることができたと思います。この度は、ありがとうございました。