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土方正志(荒蝦夷代表/仙台短編文学賞実行委員会代表)

川元茂(プレスアート取締役編集部長/仙台短編文学賞実行委員会事務局長)

 

仙台に文学賞を

土方 今日は「仙台短編文学賞」実行委員会代表の〈荒蝦夷〉土方、事務局長の〈プレスアート〉川元のふたりで、『仙台短編文学賞』について、いったいどんな賞なのか、どんな作品を求めているのかなど、より詳しいお話ができればと思います。なかなか募集要項だけでは伝えきれない部分ですね。8月1日から募集を開始しましたが、事務局への反響はどうですか?

川元 多数のお問い合せをいただき、すでに作品も届き始めています。メディアからの取材のお申し込みも多いですね。東日本大震災から7年目の今、仙台から発信するこの文学賞自体が非常に強いメッセージを秘めているということを改めて実感しました。思っていた以上に反響が大きくて、若干戸惑っていたりもするのですが(笑)。

土方 「仙台短編文学賞」設立のそもそもは、実は2010年に遡ります。2010年は柳田國男『遠野物語』刊行百周年や仙台市の老舗書店「金港堂」の創業百周年が重なって、荒蝦夷とプレスアート、東北大学出版会と、仙台の出版社が共同でトークイベントやブックフェアなど、仙台市内でいろいろとイベントをやりました。そんななかで川元さんから、仙台で文学賞を立ち上げられないかと話が出た。

 

川元 以前から仙台に文学賞がないのを疑問に思っていて、それを仙台の編集者、出版関係者が揃った場でお伝えしたんです。土方さんたちも賛同してくれて、じゃあ自分たちで作ろうという話になりました。それが2010年の秋くらいだったでしょうか。準備を進めて、2011年4月に公式に発表しようとしていたんですよね。

土方 すでにこの時点で審査員も仙台在住の作家・佐伯一麦さんにお願いして、実は「短編作品の文学賞」は佐伯さんからご提案いただきました。そして、最終的な打ち合せにみんなで集まったのが、3月10日の夜。「さあやるぞ」となった翌日、東日本震災が起きてしまった。結果、この話は自然消滅、手つかずの塩漬けになってしまった。みんな大変でしたからね。それを去年の年末くらいに、もういちど立て直そう、7年が経った今、改めて「仙台短編文学賞」を始めてみようと川元さんが言い出した。

 

川元 土方さんから「被災地責任」という考え方があると聞いたのがきっかけかな。被災地には被災に関して、今はまだ被災していない地域の人たちになんらかの発信をする責任がある、そんなお話でした。だとすれば、7年目の今だからこそ、被災地の出版社として仙台発の文学賞をやるべきじゃないか、と。

 

東日本大震災からの再起動

 

土方 いろいろと話し合いましたね。募集要項は2010年と大きく変わらない。けれど、当然ながら2017年の東北をテーマにした文学賞となれば、2011年3月11日の東日本大震災を避けては通れなません。だからといって「震災文学賞」にはしたくなかった。

 

川元 震災をテーマにすると、投稿する人たちに強制的に当時を思い出させることになりますからね。それをしていいのかという議論もありました。もともとが仙台発、地方発の文学賞を作りたいという思いで始まった企画だったので、あえて震災にはこだわらないことにしたんです。

 

土方 そもそも「震災文学」の捉え方って難しいですよね。たとえば仙台在住の直木賞作家・熊谷達也さんが宮城県気仙沼市をモデルに書き続けている〈仙河海シリーズ〉には、明治時代の漁師の物語もあって、あたりまえだけれど東日本震災は全く描かれていない。それでも被災地の読者は、熊谷さんが被災以前の気仙沼を描いた震災文学として読む。今回の審査員を務めていただく佐伯一麦さんの『渡良瀬』も、決して震災がテーマではないけれど、仙台の人が読むとなにがしかの思いを抱かされる。でも、被災地の外の読者は「震災文学」だとは受け取らないかもしれない。

 

川元 書き手から届く作品に、直截にではなくとも何らかの形で震災が顕われ出ているのではないかと思わせられたりします。

 

土方 震災経験はあの日だけの特別なものじゃなくて、被災した人間にとっては日常として今も続いている。そう考えると、震災自体が仙台の町の歴史のひとコマになって来ている。震災をテーマに限定しなくても「仙台」という言葉に震災への思いが被った作品も出て来るだろうとも思います。仙台は学生も転勤族も多い、人の出入りの激しい街だから、7年も経つと震災を体験していない人たちも増えている。逆に言うと仙台に暮らしながら体験を共有できない人たちも多いと思います。そんな人たちが今をどう思っているかも知りたいところです。

 

川元 震災後、自分たちの地域の歴史や特色を見直す機会が増えましたよね。あの地震によって、地面や海だけじゃなく、地域や個人のアイデンティティも揺らいだような気がします。今もういちど、あの震災をどうとらえたらいいのか、立ち止って考えるタイミングがあらためて来ているんじゃないかと感じています。

 

土方 「風化」が言われる今、あの時の全体像を伝えられるツールになるのは、やっぱり文章なんじゃないか。映像はリアルタイムではものすごいインパクトがあるんだけれど、時間が経つにつれてだんだん薄れていくというか、慣れてしまう。あの時ここで何があったかを伝えるために、映像とか写真を頼りにするわけだけれど、あのにおいとか音とか感情とか、そこまでなかなか伝えられないもどかしさがある。それができるのは、文章なんじゃないかな。

 

次代へ繋ぐ

 

川元 先日、宮城県沿岸部に暮らす女性から「小説を書けるかどうか分らないけれど、自分なりに震災について何か書きたいのだけれど、それでもいいだろうか」とのお電話を事務局にいただきました。自分の気持ちを整理して物語を書けるようになるには、ある程度の時間が必要なのだろうと思います。時間が経った今だからこそ、小説ならではの表現が生まれてくるのではないかと期待しています。

 

土方 被災体験を自分で書いたり、語ることによって思いを吐き出そうという流れが震災後にあって、被災の体験集や聞き書き集がたくさん出版されました。体験記や聞き書きはリアルな感情を伝えてくれるけれど、小説を書くという作業はどうしても客観的に震災を捉えて、再構築することが必要になってくる。それにはやっぱり時間がかかる。ある意味、7年とはそういった時間だったかもしれません。ただ、まだ小説なんて書く気にならない人もいると思いますから、そんな人にとってはもしかしたら時期としては早いかもしれない。

 

川元 人によって時間の流れは違いますからね。

 

土方 投稿者の年齢によって違ってくる場合もあるかもしれません。

 

川元 選考委員の佐伯一麦さんは「震災のときの子どもたちが成長して文学的な言葉を持ったときに、はじめて被災地から文学が立ち上がってくるのではないか」とおっしゃっています。この言葉は「仙台短編文学賞」を再起動するときの私のひとつのモチベーションになりました。

 

土方 震災を経験した子供たちはどんな大人になるんだろう。震災の年に生まれた子はまだ小学生。仙台の文学は、これからなのかもしれません。

 

川元 その子どもたちに、私たちは何を伝え繋ぐのかもまた問われる気がします。

 

複眼のまなざしを

 

川元 震災についていろいろと話して来ましたが、繰り返しますが「仙台短編文学賞」は決して「震災文学賞」ではありません。ジャンルも問いません。時代小説でも恋愛小説でも、SFでもミステリでも怪談でも純文学でもいい。「仙台」と銘打ってはいますが、対象を「仙台・宮城・東北となんらかの関連がある作品」として、あえて地域を限定することもしませんでした。東北となんらかの関わりさえあれば、東北が舞台でなくてもいい。例えば登場人物が仙台生まれっだったり、東北に来たことがなくても自分の東北イメージを作品化して書いていただいてもいい。東北の人たちにとっては震災後の今、地域を見なおす契機になればいい。東北の外の人たちには「東北とは、震災とは何なのか」を考えるきっかけになればいい。そして、被災地の人たちはこのように感じていたのか、被災地の外の人たちはこんなことを思っていたのかと、互いの作品に触れてもらえればと思います。ひとつの文学賞の中に、いろいろなまなざしの作品が集まって、複眼的な文学賞になってほしいですね。そうなればほかにあまり例のない地方文学賞になるんじゃないでしょうか。

 

土方 どんな作品が集まるでしょうか。大賞受賞作は『河北新報』と『大人のためのプレミアムマガジン Kappo』、集英社『小説すばる』に掲載されます。大賞以外にも河北新報賞やプレスアート賞、東北学院大学賞など、いくつか賞を設ける予定で、これもそれぞれに発表の場があります。実行委員会3社(河北新報社・プレスアート・荒蝦夷)のほか、集英社『小説すばる』編集部、東北学院大学、宮城県書店商業組合、仙台文学館(仙台市市民文化事業団)、東北大学災害科学国際研究所にも後援や協力をいただいていますが、新たに次々と支援賛同の声も寄せられていますので、新規に関してはその都度このホームページでご紹介できればと思っています。あと、大賞受賞者の賞金額は10万円。少額ご容赦ください。そのほかの賞金や賞品も準備していますが、それについてもこのホームページでご報告していく予定です。さまざまなみなさんのご協力を得ながら実現したお手製のこじんまりとした文学賞に大きな反響をいただいて、いろいろと後手にまわってしまっているのが正直なところではあります。すみません(笑)。

 

川元 こんな感じでかなりチャレンジングな賞になってますから(笑)。ぜひチャレンジングな作品をご投稿いただければと思います。すでに作品が届いています。仙台発信の文学賞ではありますけれど、全国からのご応募、お待ちしております。(2017年8月24日。荒蝦夷事務所にて)

 

 

土方正志(ひじかた・まさし)

荒蝦夷代表。1962年、北海道生まれ。東北学院大学文学部卒業。2005年、仙台に出版社・荒蝦夷を設立。荒蝦夷は震災後の出版活動により出版梓会新聞社学芸文化賞を受賞。著書に『ユージン・スミス 楽園へのあゆみ』(偕成社/産経児童出版文化賞受賞)、『てつびん物語 阪神淡路大震災・ある被災者の記録』(偕成社/同賞入賞)、『震災編集者――東北のちいさな出版社〈荒蝦夷〉の5年間』(河出書房新社)など。

​川元茂(かわもと・しげる)

プレスアート取締役編集部長。1967年、宮城県石巻市生まれ。東北学院大学法学部卒業。海外旅行情報誌『AB-ROAD』経て、プレスアート入社。『せんだいタウン情報 S-style』『COLOR』『Kappo 仙台闊歩』各誌の編集長を経て、現職。

『杜の日記帖』『Home 美しき故郷よ』『千年希望の丘のものがたり』などの編集に携わる。

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